楽しいことが続かなかった理由がようやくわかったのでみんなに教えたい
好きで始めたことなのに、続けるのがつらくなる
そういった体験みなさんはありませんか
僕にはある
僕は高校生の頃ギターをすこしやってやめてしまった
最初は楽しかったのをおぼえているそして
それを続け特技にし生活を充実させようと思った
でも、しばらくしたら楽しくなくなって続かなくなった
挫折の定番Fコードのせいじゃない
じゃあ、なぜ僕は楽しかったはずのギターが急に楽しくなくなり続けられなくなったのか
それはギターを楽しいからやるという目的ではなくしだいにモテたいからやるという目的に変わってしまいそれに依存してしまったから
生活を充実にするために始めたことなのにギターをやればモテるという夢が先行しすぎてしまい上手くなろうと焦ってしまった。すぐに上手くなれるはずもないのに結果を求め自分に失望し気がついたら楽しく無くなってしまってやめた
僕たちは好きでなにかを続けようとするとき「自分の楽しみでやっていること」以外の目的を持ってしまう。僕の場合はモテたいだった
ギターがうまい人にモテたくて続けてきたというひともいるかもしれないが僕の場合すこししかやってないこともあり好きの度合いが小さすぎた。なのにモテようとして結果を早く出そうと焦ったからながく続かなかったんだとおもう
そもそも、好きというのは大学があるのに昼まで寝てたり、スマホのゲームしたり、漫画みたりなど続けることを目的としない刹那的なものだ
だから、好きを続けなければならないというのはおかしい
でも、趣味として生活を豊かにするため続けていたいというのはもっともだ
僕は本当に好きなことが続けられないのかといったらそうではないと思う。僕にとっての結論は
好きなこと、楽しいことは続けられるかもしれないが毎日は嫌だよ
という贅沢なものだった
だが、逆に言うと三日に一回、週末に二回くらいのペースなら続けられるということ
だから、楽しみながら続けたいならゆっくり気長にやること、結果をすぐに求めるなら楽しめなくなるということだ
もちろん、人によるかもしれないが
好きなことを仕事にした方がいいという言葉をよく聞くが
好きも才能なのかなーなんて思ったりする
好きの度合いが人によって違いすぎる
ぼくは確実にイチローと比べやってることの好きの度合いが小さい人間
だからそれを毎日何時間も続けようとして玉砕したのかなと思っている
例えば、ぼくの夏休みでかぶとむし取りにノルマがあったら絶対に嫌だとおもう
かぶとむし取りにノルマがあってもたのしめるひとはそれを仕事にすべきだし、
それじゃ楽しめないっていう人はそれを好きだからといって仕事にするべきではないとおもう
本当に楽しいから続けているのかそれともなにか下心があるのか自分に正直になることが大切だと思う